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どんなところ?上海

地勢・気候

上海は長江(揚子江)の河口と杭州湾に南北を挟まれた長江デルタに位置する中国最大の国際経済都市。高速道路網(上海-南京高速、上海-杭州高速、申文字型高架道等)、世界第1位(2015年)のコンテナ取扱量を誇る上海港に加え上海最大のインフラとして整備が進められる洋山深水港、国際空港(浦東)・国内空港(虹橋)を有し、陸・海・空の要所となっています。

上海市の面積等

約6,340k㎡(茨城県とほぼ同面積、鹿児島県とほぼ同緯度)

上海市の人口(2014年)

約1,429万人(戸籍人口)
約2,425万人(常住人口)

上海市の気候

亜熱帯モンスーン気候、夏は高温多湿、冬は寒さが厳しく乾燥する

 

外灘

豫園

沿革

中国最大の国際経済都市として栄えている上海ですが、宋・元時代も江南一帯の物流の中心地でした。現在の上海市の基礎が築かれたのは南宋時代の13世紀末で、それまで栄えていた青浦県内あたりから上海鎮に港町を移したことに始まります。

1553年には倭寇の進入を防ぐために南側に4km以上にも及ぶ城壁と堀が作られましたが、1911年の辛亥革命後城壁は取り壊され、堀も埋められました。現在その跡地は道路として利用され、北半分が人民路、南半分が中華路となりバス通りとして現在にいたっています。

1842年、アヘン戦争終結後に結ばれた南京条約により上海港が開港し、1845年にイギリス租界がおかれ、その後アメリカ租界やフランス租界が開かれました。1863年には英米の租界は共同租界となり、日本人が多く住む地区は「日本租界」ともいわれました。この租界の一角は第二次世界大戦終結まで中国の主権の及ばない外国人居留区として存続しました。その間1921年には中国共産党がここ上海で結成されています。

1949年、新中国が成立し上海は北京、天津ともに省と同格の直轄市に指定され、中国最大の工業、科学技術、貿易基地として発展を続けています。上海は現在15区と1県に分かれ(2015年末)、さらに107の鎮、2の郷(2014年末)が存在しています。

上海の経済

上海は中国最大の経済の中心地であり、鉄鋼、機械、造船、電子、化学、石油加工、紡績、医薬、印刷、軽工業など全般にわたり全国の主要な地位を占めています。また全国最大の商業、流通の中心であり、世界第3位の貨物取扱量を誇る上海港を有するなど国際貿易においても重要な役割を果たしています。

最近では江蘇省や浙江省などの地域を後背地とした長江デルタ経済圏の中心地として、日本やアメリカなど諸外国から投資が盛んです。

(1)経済成長率の推移 (単位:%)【出典:上海統計年鑑】

  02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14
上海 11.3  12.3 14.2 11.4 12.7 15.2 9.7 8.2 10.3 8.2 7.5 7.7 7.0
中国全体の成長率 9.1 10.0 10.1 11.3 12.7 14.2 9.6 9.6 10.5 9.3 7.7 7.7 7.3

 

(2)外資導入状況 (単位:件,億ドル)【出典:上海統計年鑑】

  02  03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14
件数 3,012 4,321 4,334 4,091 4,061 4,206 3,748 3,090 3,906 4,329 4,043 3,842 4,697
金額 105.8 110.6 116.9 138.3 145.7 148.6 171.1 133.0 153.0 201.0 223.3 249.3 316.0

 

おもな見どころ

上海に来られる方はビジネスや中国の他都市への乗り継ぎの方が多く、意外と観光される方は少ないようです。市内中心部はさほど広くなく、わずかの時間で目的地に着きます。そこで、是非見ておきたいお奨め観光地を紹介いたします。時間の許す限り上海を満喫して下さい。

バンド(外灘)

工事終了後の外灘

上海が租界であった頃の中心地、外灘(英語名:Bund(バンド))。当時の石造りの建物と黄浦江を挟んで対岸にある現代の高層ビル群を一望できる。特に外灘から見る東方明珠タワーは上海のシンボル的な存在で、記念撮影には最適。夜はライトアップがなされ、およそ100年前の建築物が幻想的に浮かび上がる。オールド上海とモダン上海が凝縮された国際都市・上海を代表する。最近2008年から万博に向けて行われていた補修工事が終了。道幅が広くなり、観光客が多い時期でも比較的ゆったりと散策できるようになった。

豫園と豫園商場

豫園の美しい庭園

豫園は上海で最も有名な明・清時代の古典庭園。四川省の布政使である潘允端が故郷を懐かしむ父潘恩のために造園したもの。中国三大太湖石の玉玲瓏や龍壁などは必見。豫園の「豫」は平安・安泰という意味であると同時に、中国語で同音の「愉(yu)」とかけている。
また、庭園を囲むように周辺には豫園商城と呼ばれる伝統的な様式のデパートなどが建ち並び、中国各地からやってきた観光客でごった返していて、買い物はしなくても、人物観察をしているだけでも楽しい。

新天地

新天地にある石庫門を改築したカフェ

上海近代建築のシンボルである「石庫門」建築を改造。修復された歴史的な建築物にふれながら、青煉瓦を敷き詰めた小路を歩けば、時空を越えて当時の人々が 語りかけてくる気がします。その一方で、流行のレストラン、バー、ライブハウス、ブティックや映画館など老若男女が楽しめる上海最新のホットスポット。国際都市上海のトレンドの情報発信基地でありながレトロ。ある意味、上海の進化の速を象徴している。

浦東新区の高層ビル

外灘から見た浦東新区

従来の市街地の東側、黄浦江と揚子江に挟まれた広大な地域が浦東新区。1990年より開始された外資導入による開発プロジェクト。今も急速に発展し続けている新しい上海。浦東新区の発展を一望するには上海環球金融中心か東方明珠タワーの展望台がお薦め。上海環球金融中心の高さは492m。展望台の高さ(474m)は世界一で、建物の最上層部に大きく開けられた台形の「穴」があり浦東新区を代表するビルになっている。東方明珠タワーはアジアで一番高いテレビ塔(463m)で上海のランドマーク。更に近々127階建て、地上632mの上海中心大廈(上海センタービル)が完成予定で浦東新区の新たなランドマークになりそうだ。

濱江大道(濱江公園)

浦東新区濱江大道から見る外灘の夜景

 

外灘(バンド)の対岸、つまり浦東にある遊歩道の公園。全長2.5キロの上海陸家嘴濱江大道があり、対岸の外灘に並ぶ租界時代の建築群が一望できる。夜景というと外灘というイメージが強いが、浦東から見る夜景も一見の価値がある。

人民広場・上海博物館

人民広場は、かつて1884年にイギリス人によってつくられたゴルフ場があった場所。現在公園周辺には上海市人民政府庁舎、上海都市計画展示館、オペラハウスなどの重厚な建物が立ち並び、上海の政治、文化の中心地。中でも一際目を引く円形の建物が有名な上海博物館。展示品は青銅器、陶磁器、書、絵画、彫刻、家具、印鑑、貨幣、玉、少数民族工芸など多岐にわたり、収蔵数12万点を誇る中国古代芸術の総合博物館。

南京路

上海一の商業街である南京路。東は外灘から始まり、西は静安公園にいたる全長は5.5kmの上海のメインストリート(一部、歩行者天国あり)。道の両側にはショッピングセンター、飲食店などを中心に600以上の店舗が並び、租界時代のホテルもある。

魯迅公園・魯迅旧居・多倫路

1920年から30年代に多くの文化人が活動した虹口地区に広がる40万㎡の魯迅公園。周辺には魯迅の旧居や当時の面影を残しつつ再建した多倫路文化名人街がある。租界時代のアパートが今でも現役で使われていて、その1階は骨董品屋が並ぶ。強引な客引はいないので、ゆっくり見たい方にはお薦め。近くにある横浜路は、ここが日本租界だったことを証明する通りとして、上海でただ一つその名が残されている。

七宝古鎮・周庄

七宝は上海市郊外にある水郷の街。上海市民も週末にはよく出かける昔の雰囲気に満ちあふれた場所。周庄は中国第一の水郷と賛美されている場所。上海から約80kmと蘇州の間に位置し、元末明初の江南の富豪の沈万三の故郷であり、万三蹄が名物。周庄は典型的な江南水鎮で、橋、川、小屋が多く、河川は「井」の字形になっておる。小舟に乗って船頭さんの民謡を聴きながら見る街並みは中国を感じることができる。

玉仏寺

1882年(清の光緒8年)に仏教僧慧根によって創建された上海最大の禅宗寺院。典型的な宋代宮殿様式で、朱色の柱に橙色の壁が目に鮮やか。玉仏は、高さ195cm、幅135cmの釈迦像で、白玉のボディにはヒスイやメノウが埋め込まれている。かすかに微笑している表情が神秘的だ。