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脳死または心臓死による労災認定について

 

1、事実経緯

 2016年10月25日夜、A氏は会社の当直に当たり、翌日会社での朝食中に突然、痙攣、意識混乱が起き、病院に急送された後、脳出血、脳梗塞と診断。当時、A氏は昏迷状態で自主(自発)呼吸が出来ず、生理、病理などの反射なども無く、いわゆる「脳死」と言われる状態に陥り、その呼吸が人工呼吸器によって維持されていた。医師がA氏の妻(以下、B女史という)にA氏の病状を伝えた後、B女史は諦めたくなく救命治療の継続を求めた。

2016年11月4日、A氏は多臓器不全で救命措置をとられても叶わず死亡した。

 A氏が死亡と認定された後、その会社はW市の区人力資源社会保障部門(以下、人社部門という。)に労災認定を申し入れ、人社部門は調べた上、労災保険条例第15条第1項の規定に照らし、勤務時間と勤務職場で突発疾病で死亡または48時間以内に緊急救命を施したとしても効かず死亡した職員を労災と認めるが、A氏の死亡時間は48時間の時限を超え、労災とし認められないと認定した。

 人社部門の認定に対してB女史は受入られず、行政再審を起したが、実らず、2017年9月に区裁判所に人社部門を相手に行政訴訟を提訴した。

2、一審判決

 2017年9月14日、区裁判所は本案を審理し、B女史は、夫A氏が緊急救命を施された数時間後、既に「脳死」になったが、人社部門が認定した死亡時刻はその心鼓動の停止時刻であり、人社部門の法律適用が余りにも柔軟性に欠けていると訴え、「労災の不認定決定」と「行政復議決定書」を取消す判決を下すよう求めた。

 一方、人社部門は、病院が発行した「住民死亡医学証明」に記したA氏の死亡時刻は法律上認可した死亡時刻として、A氏は発病から1週間経過後死亡したため、その情況が明らかに「48時間」の時限を超え、労災認定の基準に合致しないと反論した。

 裁判所は審理後、A氏は持続的に人工呼吸器に頼り生命を維持したが、現在、中国では医療機関の発行した死亡医学証明書を除き、その他の死亡認定基準を確立した現行法が見当たらない。従って、その死亡時刻は死亡医学証明に記載した2016年11月4日を基準とし、労災認定条件とする「48時間以内緊急救命無効で死亡」の時限を超えたものとして、B女史の訴求を退けた。

3、二審判決

 B女史は一審判決を不服とし、上訴した。2017年12月26日に中級裁判所は、開廷審理の後、近代医療技術の発展によって、患者にもっと多くの救命時間を与えるようになり、この救急時間は48時間より更に長くなる。患者の命に対する尊重のために行い得るすべての適切な治療を行わなければならない。A氏に対する労災認定の可否について行政機関は本案の事情及び社会の発展を労働者の死亡と勤務との因果関係と結び付け、具体的に法律を適用し、労災保護範囲を拡大し、勤務中突発の病気で負傷、死亡した労働者に人道救済を与えるべきと考え、B女史の上訴訴求を支持し、一審の認定した「労災不認定決定」と「行政復議決定書」を取消す終審判決を行った。

 

4、コメント

(1)、死亡時刻は脳死によるものか、心臓死によるか、その死亡基準に関して、中国では実務上、総合基準説を取り、つまり呼吸停止、心拍停止、瞳孔散大・対光反射消失の「死の3徴候」とする「心臓死」は、死の判定基準とすることで、旧来からある考え方である。これに当てはまらない死の定義には、脳死がある。

(2)、本案では死亡原因は業務と直接に因果関係が無く、自身の疾病によって誘発したものに対して、労災並みとしてみなされ、人道救済を与えるためにあえて労災保障条例第15条にある「みなす」という用語を取り入れ、労働者側を配慮する、「脳死」の基準に近い法的な判断の傾向性を示された。

(3)、もともと中国では死亡判断基準に関する法律、法規がなく、各裁判所は個々の事案に対してそれぞれの考慮によって判断を行い、類似のケースでも異なる判決が現れてきた。現行の死亡判断基準と社会の現実との乖離を解消するために、数年前から脳死を死亡判定の基準とすべきとの提案は全人代に提出された動きがあるが、まだ、立法の審議案として取り上げられないのが現状である。しかし、同類案件に対する異なる判決を回避するには一日も早く死亡判定基準の立法が行われるべきだろう。

以 上

 
※本稿は、当事務所でアドバイザー契約をしている董弁護士の事務所で発行されている記事を一部加筆修正したものです。